【M-1グランプリ 2002】【感想】敗者復活戦スタート!

M-1グランプリ2002年のM-1の優勝者はますだおかだでした。おめでとうございます!!

M-1グランプリ2002を見た個人的な感想を綴ります。

ちなみに、M-1グランプリ2002は過去にも見ていたのですが、最近になって再度amazonプライムで見ました。

ので、2018年に見た感想です。



M-1グランプリ2002のポイントとその感想

1.敗者復活戦制度がスタート

2018年現在ではすっかりおなじみとなった「敗者復活戦」。

第1回大会である2001年の時にはなく、第2回の2002年からスタートしました。

2002年の敗者復活戦会場は決勝が行われているステージのすぐ近くで、

敗者復活者は発表されてから1分も経たずに本番控え室に登場します。

敗者復活戦会場は、2018年までの間で本番会場から遠くなったり近くなったりしていますが

「屋外で行われる」という点は2002年から変わっていません。

また、敗者復活戦のMCをはりけ〜んずがやっているのも2002年から変わっていません!

 

2.一般審査制度廃止!だが採点は今より辛め?

2001年には紳助さんや松本さんなどといった会場の審査員とは別に一般審査員による投票がありましたが、

2002年からは会場の審査員の点数のみでの採点となりました。

また、2001年では最終決戦の審査の際は、

会場の審査員がみんなの見ている前で1人ずつ面白かった方のコンビのボタンを押すという方法でした。

こちらも2002年に変更され、2018年現在と同じく審査員が手元のパネルで面白かった組に投票する形式になりました。

審査制度自体は2018年現在とほぼ同じ形式になったのですが、採点自体はやや辛めに感じます。

事実として、2003年以降は70点未満の点数をつける人は1人もいなくなったのですが

2002年にはちらほら70点未満の点数があります。

特に、2002年に審査をされた談志さんは独特の点数のつけ方をされていて

80,70,50の3パターンしかつけられませんでした。

ちなみに80点をつけられたのは、優勝した「ますだおかだ」と「おぎやはぎ」の2組だけです。

 

3.最終決戦が3組に

2001年には2組で行われた最終決戦が2002年には3組になりました。

それ以降2018年現在まで最終決戦が3組というのは変わっていませんが、

2組だともの足りないし4組だと最後の審査を投票で決めるのは難しそうなので3組がちょうど良いです。

最終決戦が3組になったからか、

決勝に進めるのは2001年の10組から9組(敗者復活者含む)になっており

決勝で披露されるネタの数は変化なしです。

各組ごとの感想

第9位:アメリカザリガニ

ネタは「カーチェイス」。

自分は面白いなぁと思って見たのですが、結果は9位。

アメリカザリガニは当時すでに知られていてハードルが上がっていたのかなと思います。

 

第8位:ダイノジ

ネタは「結婚→火事」。

タイトルはつけたものの、どちらかというと話が次々に展開するパターンの漫才。

1話題ごとにコントに入っていく感じです。

大谷さんの衣装がオレンジのつなぎで、ネタ内でも「オートバックスに媚びてるのかな?」と言われていました。笑

ネタの最後にダイノジポーズやっている頃です!

 

第7位:スピードワゴン

ネタは「ヒーロー戦隊」。

2002年の敗者復活枠であるスピードワゴン。

談志さんが下ネタが嫌いということで最低点の50点をつけられてしまったこともあり結果は7位に。

そこまで下ネタという感じのネタではないのですが。。

 

第6位:テツandトモ

ネタは「なんでだろう」。

M-1用に漫才を作って決勝に上がっているわけではなく、「なんでだろう」の歌ネタで決勝進出しています。

2003年に「なんでだろう」で流行語をとっているテツandトモ。

これは漫才なのか?とかいうよりも人気が勝っていた時代だったのだと思います。

結果も最下位というわけでもないですし。。

M-1史上、最も大きな小道具(ギター・修学旅行でやたらと荷物が多いやつを表現するための荷物)を持ち込んだコンビでもあります。

松本さん審査コメント「赤いジャージの子は友達としては100点」笑

 

第5位:ハリガネロック

ネタは、話が次々に展開するしゃべくり漫才パターンのためタイトルつけられず。

スピード感もあって面白いですが、

昨年準優勝だったことでハードルが上がっているのと出番順が1番だったのが不利だったような気がします。

 

第4位:おぎやはぎ

ネタは「結婚詐欺師」。

この時期にNotよしもと且つ東京組でM-1の決勝に上がってるのはかなりすごいことだと思います。

先にも書いた通り、談志さんが(談志さんの中では)高得点をつけており審査コメントでも褒めていらっしゃいました。

 

第3位:笑い飯

ネタは1本目が「パン羨ましい→工場見学(説明)→工場見学(質問)」で2本目が「機関車トーマス→電車で席譲る」。

この2002年から笑い飯の9年連続決勝進出が始まりました。

笑い飯の代名詞にもなった「Wボケ」スタイルの漫才で新しく、テンポも良い!

当時はノーマークの組でしたが、最終決戦まで残っています。

 

準優勝:フットボールアワー

ネタは1本目が「ファミレス」で2本目が「結婚披露宴」。

2001年にも決勝進出していますが、前年と比べるとかなり面白くなっています。

当時のM-1では、この時のフットボールアワーのネタのように

一度もコントから出ずに最後までやりきるタイプの漫才をする組は他にはおらず

ネタのタイプとしても新しくて衝撃でした。

 

優勝:ますだおかだ

ネタは1本目が「整形」で2本目が「漫才師育成ゲーム」。

1本目のネタの第一声が「松竹芸能のますだおかだです」。笑

よしもと主催の大会で他事務所は優勝できないんじゃないかと勘ぐってしまいそうになる中、

第2回大会でNotよしもとのコンビが優勝したことは

その後の他事務所勢のモチベーションにも影響したのではないかと思います。

歴代の優勝者を見て、優勝が決まった時の反応が1番かっこいいのはますださんでした。

感極まっっている感もありつつ男っぽさもありました。

 

まとめ

現在のM-1のスタイルにグッと近づいた2002年。

会場の空気がもう少し軽くなる2003年に続きます。

 

それでは。

 

 

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